【書評】サブカル・ニッポンの新自由主義 -既得権批判が若者を追い込む-
amazonより
生き方のルールが変わった。個人の「能力」が評価軸の中心となった。だがそれは激しい競争へと私たちを駆り立て、マッチョであることを要求する。こうした新自由主義のモードが「サブカル社会ニッポン」を覆い、さまざまな「ねじれ」を生んでいる。ネット先進国たる韓国、米国の事例をも取り上げ、新自由主義がいかなるルーツを持っているのか、これに対抗しうる拠点はないのか、サブカルの可能性を見据えつつ、深く鋭く迫る。
生き方のルールが変わった。個人の「能力」が評価軸の中心となった。だがそれは激しい競争へと私たちを駆り立て、マッチョであることを要求する。こうした新自由主義のモードが「サブカル社会ニッポン」を覆い、さまざまな「ねじれ」を生んでいる。ネット先進国たる韓国、米国の事例をも取り上げ、新自由主義がいかなるルーツを持っているのか、これに対抗しうる拠点はないのか、サブカルの可能性を見据えつつ、深く鋭く迫る。
Podcastでお世話になっている「文化系トークラジオLife」のメインパーソナリティー鈴木謙介氏の著書です。(Lifeは聞いてますが、そのパーソナリティーの著書と知らず、タイトル買いしただけですが)
さーて、この手の本って書評というか、感想自体も難しい。
社会学をまともに学んでない自分にとっては、まあ言ってることは分かるけれども、
著名な社会学者の言葉を引用してもその背景が分からないんだな、これが。
あとは社会学はそれを主張する個人主観(価値観)に左右されすぎている気がして、
学問としての本流がいまいちよくわからん。
(社会学を専攻している人には大変申し訳ないんだけれども)
とりあえず、それは置いといて、明らかに学が足りないことを踏まえて感想を述べさせてもらうと、
個々の主張が散逸しすぎていて、最終的な著者の主張がよく分からん。また、引用が多すぎるので、その著者の本を読んでいるのと読んでいないのでは、内容の理解にあまりにも差が出てしまう点もどうかと思う。(要するに読者に優しくない本ということになる)
さて、この著書の中で若干面白いなと思ったところを・・・・
『世界の貧困に対する関心を示すホワイトバンドを身につけることをアピールした運動だ。多くの著名人がこの運動に賛同し、コマーシャルなどで大々的な宣伝が行われたが、後にそれが「途上国への寄付ではない」「ホワイトバンドの売上の使途が不明朗である」などと大バッシングを受けることになった。キャンペーン中心人物であるマエキタミヤコは、この事態について海外の仲間に相談したところ「そんな事例は世界中ではじめて聞いた」と言われ、逆に責められて辛い思いをしたと述べている。
(中略)
先進国で唯一、日本だけでホワイトバンドに対する批判が起こったかについて考えるのも重要だ』
日本だけでこのような事態が起こった要因は2つあると思う。宗教観とマスメディアの影響だ。
1.宗教観
欧米諸国ではキリスト教の宗教観に基づいてチャリティー等の文化が発達しているが、日本には
そういった宗教背景がない。それがまず根本的な要因であると思われる。
2.マスメディアの影響
他所の国は分からんので一概には言えないかもしれないが、日本のマスメディアが【善(偽善)、感動】など人の情緒に訴える部分を叩き売り的に演出しすぎた(しかも演出が大変下手糞)結果、それに国民が慣れてしまったからではないか。
「24時間テレビ」然り、「大家族モノ」「闘病モノ」などのお涙頂戴モノ然り。
それでもマスメディアはその分かりやすい演出をやめない。
フジの↓こういうのとかTBSお得意の大家族もの
エチカの鏡
そういった要因があるので、日本人は善に対して非常に疑り深い人間が大勢いるのかと。
さくらちゃんを救う会 検証
まあ、個人的には「やらない善より、やる偽善」かな。
仮にそれで少しでも幸せになれる人がいるなら、それでいいじゃないかと。
さーて、この手の本って書評というか、感想自体も難しい。
社会学をまともに学んでない自分にとっては、まあ言ってることは分かるけれども、
著名な社会学者の言葉を引用してもその背景が分からないんだな、これが。
あとは社会学はそれを主張する個人主観(価値観)に左右されすぎている気がして、
学問としての本流がいまいちよくわからん。
(社会学を専攻している人には大変申し訳ないんだけれども)
とりあえず、それは置いといて、明らかに学が足りないことを踏まえて感想を述べさせてもらうと、
個々の主張が散逸しすぎていて、最終的な著者の主張がよく分からん。また、引用が多すぎるので、その著者の本を読んでいるのと読んでいないのでは、内容の理解にあまりにも差が出てしまう点もどうかと思う。(要するに読者に優しくない本ということになる)
さて、この著書の中で若干面白いなと思ったところを・・・・
『世界の貧困に対する関心を示すホワイトバンドを身につけることをアピールした運動だ。多くの著名人がこの運動に賛同し、コマーシャルなどで大々的な宣伝が行われたが、後にそれが「途上国への寄付ではない」「ホワイトバンドの売上の使途が不明朗である」などと大バッシングを受けることになった。キャンペーン中心人物であるマエキタミヤコは、この事態について海外の仲間に相談したところ「そんな事例は世界中ではじめて聞いた」と言われ、逆に責められて辛い思いをしたと述べている。
(中略)
先進国で唯一、日本だけでホワイトバンドに対する批判が起こったかについて考えるのも重要だ』
日本だけでこのような事態が起こった要因は2つあると思う。宗教観とマスメディアの影響だ。
1.宗教観
欧米諸国ではキリスト教の宗教観に基づいてチャリティー等の文化が発達しているが、日本には
そういった宗教背景がない。それがまず根本的な要因であると思われる。
2.マスメディアの影響
他所の国は分からんので一概には言えないかもしれないが、日本のマスメディアが【善(偽善)、感動】など人の情緒に訴える部分を叩き売り的に演出しすぎた(しかも演出が大変下手糞)結果、それに国民が慣れてしまったからではないか。
「24時間テレビ」然り、「大家族モノ」「闘病モノ」などのお涙頂戴モノ然り。
それでもマスメディアはその分かりやすい演出をやめない。
フジの↓こういうのとかTBSお得意の大家族もの
エチカの鏡
そういった要因があるので、日本人は善に対して非常に疑り深い人間が大勢いるのかと。
さくらちゃんを救う会 検証
まあ、個人的には「やらない善より、やる偽善」かな。
仮にそれで少しでも幸せになれる人がいるなら、それでいいじゃないかと。
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